通信教育クロストーク

2016年06月17日
6月のサウンドスケープ(音風景)

「学部長の手帖から」
仏教学部長 松永 知海(まつなが ちかい)

 6月のカレンダーの画というと、アジサイと梅雨を象徴する傘が意識の下に刷り込まれている。
 花でいえば、1月の山茶花にはじまり、福寿草・水仙・梅・白木蓮・チューリップときて4月の桜、5月の牡丹のつぎにアジサイ、というのがわが家周辺の花カレンダーである。
 カタツムリがアジサイの葉をたゆませて這っているのも、定番のカレンダーの挿画だが、なぜかそこに雨の線が斜めに入っているのが私のイメージである。季節感覚など鋭くないが、わが家のチュ―リップが咲くと入学の季節、アジサイが咲くと衣更えの梅雨の季節というのが私の6月の感覚だ。

   越後屋に きぬさく音や 衣更え     其角

 この句は古典の時間の教科書に出ていたものだ。解説に其角は蕉門十哲の一人、とあった。万葉集から近代までの句を集めた中の一つで、先生からはこれといった説明もなかったように思う。
 そんな句がなぜか記憶にあるのは、その当時の店の名としては越後屋ではなく、大黒屋でも、長州屋でも、高島屋でもよいではないか。江戸には他にもたくさんの店があっただろうに、越後屋としたのはどんな理由があるのだろう。店の名前が特定されているのは不思議であった。水戸黄門さまのテレビ番組では、世をはばかる仮の姿は、越後のちりめん問屋のご隠居であったが、「越後屋」さんは江戸の駿河町にあった三越百貨店の前身で、今は伊勢丹と合併しているが大繁盛のお店であったと後に知った。とくに正札販売という値引きしないやり方や、必要な長さの小裂の切り売りなど画期的な商法で、富裕層の呉服を庶民のものにしたという。
 「きぬさく音」とはどんな音なのだろうか、ビーッとなのかキーとなのか、ともかく威勢のよい音だと想像される。季節の変わり目を、注文を承けて裂く「きぬの音」に、活気と人々の声までの情景を想像させる。
 季節の変わり目を、視覚を通した明るい色への変化で表現するのは一般的だが、それを耳から入る音で表現したところに、この句の味わいがあると思う。江戸の音を見事にすくい取ったサウンドスケープといえよう。
 現代ではどんなものが6月の音になるのであろうか。さしずめ電器屋さんの店頭が、新入学・新入社員向けの白物家電から、新製品の除湿機やエアコンのラインナップに替わって静かに稼働している、そんな音の風景であろうか。

(佛大通信2016年6月号より)

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