通信教育クロストーク

2019年02月19日
和の伝統色を伝え続けて270年。現存する最古の絵具店。

KYOTO TIME TRAVEL
伝統をつなぐ・未来をつくる・京都をめぐる

ここは京都市下京区燈籠町(東洞院通高辻下ル)。祇園祭の山鉾「保昌山」が収まる町会所の隣に佇むのは、約270年もの歴史を誇る日本画の絵具店「上羽絵惣」である。今回は、日本文学科の荻原 廣先生が絵具販売を担当する稲土舞夕子さんを訪ねた。

上羽絵惣
1751(宝暦1)年、初代ゑのぐや惣兵衛が、上羽絵惣(胡粉業)を創業。以来、日本画用絵具専門の店としてプロの日本画家の使用する岩絵具を中心に「白狐」がトレードマークの胡粉、水干絵具、棒絵具など約700点もの画材を提供。「ぬくもりと職人の五感」を忘れてはならないという熱い想いから、いまも手作業にこだわり続ける。近年では、胡粉ネイルや胡粉石鹸など、和の彩りと胡粉が持つ魅力を提供する化粧品ブランドとしても知られる。上羽絵惣の店頭には胡粉や京都のお土産が並ぶほか、色とりどりの胡粉ネイルのサンプルがズラリと揃い、塗って試せるコーナーが広く取られている。

稲土 舞夕子(いなつち まゆこ)
上羽絵惣商品一課絵具販売担当。京都市立銅駝美術工芸高校と、京都精華大学芸術学部で日本画を学ぶ。卒業後、仏像彫刻に細長く切った金や銀の箔を用いて繊細華麗な文様の装飾を施す、截金(きりかね)の仕事などを経て、2010年、上羽絵惣に入社。上羽絵惣に伝わる日本の伝統色を途絶えさせないために、現在、顔料問屋と職人をつなぐ役目を果たす。

荻原 廣(おぎわら ひろし)
文学部日本文学科准教授。
専門分野は、日本語教育(教授法)及び日本語学(語彙量調査)。1997年、非常勤講師として複数の大学で教え始め、2013年、佛教大学特別任用教授、2018年より現職。主な論文に、「大学4年生の日本語の使用語彙は平均3万語、理解語彙は平均約4万5千語」「直接法と直接法的な方法の混同が教師にもたらす影響について」など。

「白狐」がトレードマークの胡粉や水干絵具、棒絵具などの画材を約700種も作り続けている上羽絵惣。老舗の看板を守り続けるには、どんな苦労があるのだろうか。

後継者がいないために色が滅びる危機

荻原:まず、上羽絵惣さんについて教えていただけますか。

稲土:270年近く絵具屋を続けておりまして、製造卸を途切れることなく続けています。ほぼ日本画だけに特化した絵具が商品です。仏具や神社仏閣の極彩色にも使われる絵具で、文房具の絵具とはまた違う絵具を扱う店として親しまれてきました。

荻原:小売りはしていないんですね。

稲土:おおむねそうですね、胡粉や顔料などをお分けすることなどは少しありますが、主に卸売です。

荻原:昔ながらの手作業で作っていらっしゃるのですね。

稲土:はい。しかし、職人さんも高齢になってこられて、だんだんと作れなくなっている絵具が増えてきているんです。この先、後継者がいないと無くなってしまう絵具があるかもしれないという危機的な状況です。京都では着物もそうですが、分業制で一人の方が全部の種類の絵具を作っているわけではないので。

荻原:ある絵具を作っている方は、先輩から受け継いでという形なんですか。

稲土:だいたい弟子入りや親子の関係で受け継いでおられることが多いです。うちで絵具を作っている方も今70歳ですが、お弟子さんがいらっしゃいません。これから私たちが力を入れていかなくてはいけないのは絵具作りに興味がある方にもう一歩踏み込んでいただくことだと思っていますが、なかなか難しいことです。たとえば「古代朱」という、水銀を焼いて作る色があって、画家さんや様々な方に愛用されていたのですが、それを作っていらっしゃった職人さんが廃業された後は後継者もなく作る方がいなくなってしまい、色がなくなってしまったんです。簡単に言ってしまえば「廃番」なんですけど、当たり前に使われてきた色が滅びてしまう事態になっているのです。

荻原:色が滅びるなんてこと、考えたこともありませんでした。

稲土:今、ここで作っているのは新彩岩絵具といって、原料が手に入りにくくなった天然岩絵具よりも安定的に製造できる絵具として、上羽絵惣の9代目が考案したものです。方解石(ルビ:ほうかいせき)を細かくした方解末というものに顔料を混ぜて作っています。それと新岩絵具というのがあって、それは別の職人さんが別の場所で作っているので細かい作り方はわからないのですが、人工的に石を作って、それをミルにかけて細かくする作り方の絵具です。うちがお願いしている方は1人で作られていて、お弟子さんがいらっしゃらないようなので、持続できるか心配しています。

日本画を描く人が少なくなってきた昨今だが、日本画には日本画にしかない魅力がある。

色の重なりを楽しむ絵画「日本画」

荻原:日本画を描く画家さんが減っているだけではなくて、そもそも絵具を作る職人さんが少ないんですね。

稲土:そうなんです。今は便利な時代で、絵画もパソコンで絵具を使わずに描けたりしますが、日本画は工程も絵具の色数も多く、道具も様々なものを使いますので、見よう見まねで今日から始めようと思ってもすぐにはできないと思います。誰かに習わないと描くのは難しいので、現代人には合っていないのかもしれませんね。

荻原:芸術系の学校や、日本画の教室に行かないと描けるようにならないのですね。

稲土:日本画を勉強する人が減ってきているようです。卒業してから、私も描いていませんし。

荻原:あぁ、描かれていないんですね。

稲土:本格的な日本画は今はまず描けないですね。場所もないですし。大きいものは、乗り板と言って板を渡して、その上に座って描きます。絵具もチューブから出すのではなくて、一枚のお皿に一つひとつ絵具を溶いて、それをいっぱい用意しないといけません。その代わり、そんな手間ひまかけて描いた作品の出来は素晴らしいと思います。画家の方などは、色の重なりを計算して、考え抜いて、様々な色を用いて日本画独特の世界を作り上げていくのだと思います。いろいろな色の重なりの美しさを楽しむ、そういう奥ゆかしさが日本画の特徴であり、よさだと私は思うのです。

荻原:日本画の絵具があるから、そんな絵が描けるのですね。

稲土:えぇ、岩絵具は粒子なので、乾かしつつ上に重ねていくことで、下の色が透けて見えるのです。厚塗りで下の色を隠すこともできるのですが、下の色を生かしながら描いていくというのが日本画の醍醐味だと思います。表面や下地を凸凹させたりもできます。

荻原:色の種類も、ものすごくたくさんありますね。

稲土:はい、たとえば珊瑚色という一つの色でも、トーンが分かれていて、新彩岩絵具は、5番から11番の粗さまであります。原料(方解末)の細かさによって分けるのです。撹拌して沈殿させて、上澄みを分けていって、それを同じ色で染めるのですが、細かいほど色が薄くなるんです。本当に無限に色があって、そこから選んで描いていく。すごく、奥ゆかしいというのですかね。

荻原:何色の何番というのですね。

稲土:新岩絵具なら3番ぐらいから13番まで。一番細かい色が、「びゃく」といって「白」の字を書き、片栗粉のような感触の絵具です。それを使い分けて、粗いほど色が濃くなるので、粗さと濃さを考えながら、色のグラデーションを生かして描くので、それにもすごく技術がいると思います。

近年では、絵具に使われる胡粉入りのネイルが、若い女性を中心にヒット商品に。その発想と、狙いとは?

和の伝統色を絶やさないために

荻原:観光客が多くなって、最近の傾向は、何か変化がありますか。

稲土:海外からは特に韓国の絵具屋さんが注目されていて、できるだけたくさんほしいとおっしゃるのですが、さっきお話したような事情があって、なかなかたくさんは作れないんです。最近では、国内よりも中国やヨーロッパから注目が集まっているという不思議な現象が起きているんですよ。直接、バイヤーさんがご連絡くださったり、訪ねて来られることもあります。どんな使い方をしていただいてもいいですし、いろいろなところで使っていただきたいですね。アメリカの映画監督が、壁に絵を描かれるそうで、お友達が新彩岩絵具をたくさん買っていかれたこともあります。

荻原:それは面白い現象です。最近では、胡粉のネイルも商品化されていますね。

稲土:現在の10代目社長の妹さんが、胡粉や絵具をアピールできて、女性として発信できるもの、ということでネイルはどうかと考えられました。色も無限に作ることができますし。透明のものから始まって、スタッフが試行錯誤して、剥がれにくくしたり、いろいろな色が増えたりして、ご好評をいただき、現在に至っています。

荻原:今後はどんな展開になるのでしょう。

稲土:とにかく絶やさないようにすることが、これからの課題です。ネイルができたのも、絵具に興味をもっていただきたかったからですし、外国にはないような繊細で色数豊富な和の色を知っていただきたい、広めたいという思いがあります。本質を見失わないようにしたいというのが、社長をはじめスタッフみんなの気持ちです。

荻原:本日はありがとうございました。

(佛大通信2018年12月号より)

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