通信教育クロストーク

2018年12月07日
網島聖研究室(歴史文化学科)

「学びのサプリ」
歴史学部 歴史文化学科 講師 網島 聖(あみじま たかし)


他の学部分野の理論も加味 自然地理学を学ぶことに

 地質学に関心を持っていたのですが、高校時代は数学が苦手で文系での進学を選びました。そんな折、日本にも氷河があったとの報告を聞いたことなどから、文系でも学べる自然地理学に興味が向くようになりました。そこで、湯川秀樹博士の父で、東京大学で地質学を修めた小川琢治先生が地理学教室を作られた、伝統ある京都大学文学部に入学すれば自然地理が学べるだろうと考えました。ところが、受験直前になって当時の京都大学文学部では長く自然地理に関する研究が行われていないことがわかります。でも、時すでに遅し。受験科目の対策が間に合わなかったため、そのまま文学部を受験。無事に合格して入学しました。

 一般的に10代は目移りする時期。私も、ドイツ文学も面白そうだなどと思ったりしましたが、地理学教室の雰囲気が良くて…。実は、1990年代から、地理学には他の学部分野の成果が加味されるようになりました。文学研究の影響なども昇華されて論文が書かれる状況になっていたのです。例えば、文化人類学と地理学が連携し、コトバを持たない民族の空間認識を明らかにしていくなどの研究が行われ始めました。文化人類学の研究で鍛えられた理論が地理学科にも持ち込まれ、上級生が活発に議論している様子を目の当たりにして、私も自分の関心を敷衍する方向で学べるだろうと考えたのです。

明治時代、地方に流行した「〇〇繁盛記」から商地を読み解く

 指導教官は金田章裕先生。京都大学名誉教授で、現在は京都府立京都学・歴彩館館長を務めておられます。その指導のもと、新しい理論的動向を探るという学びを進めつつ、歴史地理学の分野で、地形や地質の問題を取り入れながら、地図上に現れる景観がどう作られたかを緻密に検証する方法を学んできました。とはいうものの、私が今行っている研究は少し方向性が違うので、先生からするとはねっかえりの弟子かもしれません(笑)。

 京都大学では、金田先生や足利健亮先生のご研究に代表される、古代や中世を対象とした重厚な歴史地理学研究をその特色としています。一方、私は資料が豊富で、人間関係を再現・確認できる明治から大正時代に着目しました。まず、「地籍図」などの大縮尺都市図を用いて、街の中をミクロに見る。そこに都市における近代の商工業の人間関係を地図に当てはめて読み取ることで、都市文化との関係性を紐解こうと考えたのです。

 近著『同業者町の研究』では、補章で「近代都市における商工名鑑的資料の価値」について記しています。足で探した参考資料のひとつが「松本繁昌記」。この繁昌記の手本になったのは、明治の初頭に出版され、ベストセラーになった「東京新繁昌記」です。文明開化に沸く新橋の駅舎などを紹介したものでした。その成功体験と印刷技術が地方に伝播し、明治20年ごろから、デフレで疲弊した地方が町おこしのために「〇〇繁盛記」を続々と出版しました。出版側は東京版に倣って街の名所を紹介したいものの、地方にそんな煌びやかさはなく、誰がどこに住んでいるとか、有力商人の紹介などに終始。商機にしたい町人と出版側の思惑の違い、両者のせめぎあいが見て取れます。

同業者町から見る歴史、文化 教訓として未来に活かせるか

 商業を主流派の経済学からみると、その取引は利益の最大化に向けて行われます。ところが、同業者が軒を並べているエリアでは、無関係な人と町内の人を平等に扱うわけにはいきません。取引のやり方や慣習などもあるでしょう。私の出身地で、今も居住する大阪は商人のまち。同業者が集まりまちを形成しているところがいくつもあります。たとえば、薬のまちである道修町です。

 江戸時代には同業者のまちが多く作られました。近代以降も株仲間に由来する同業者の仕組を維持しながら、自由競争に誘導する法の網目をかいくぐって、同業者のまちは存続し続けました。その理由としては、粗製乱造を防ぐ、ブランド力を維持するなどが掲げられました。特に薬は、安心安全が棄損されないようにとの側面も重視されたのです。 イギリスの経済学者、アルフレッド・マーシャルは経済の自由化を唱えました。一方、日本やドイツは法律やルールをにらみながら、という姿勢。ただ、いずれの場合も商業地域は、衰退、維持、発展、再興を歴史的に繰り返します。そこから教訓が生まれると良いと私は思います。

 理論一辺倒の研究ではなく、大学で教えていただいたように地図を細かく見て変遷をとらえ、比較、行動することを今後も心がけていきます。

[経歴]
大阪府大阪市出身。京都大学大学院文学研究科博士課程後期課程研究指導認定退学、博士(文学)。京都大学総合博物館特定助教を経て、2017年佛教大学に着任。地域形成と産業集積の関係をテーマとし、産業化によって差別化、多様化する地域がどのように結び付けられ、国やグローバルな空間の中に統合されていくのかを日々検討している。また、最近は大学博物館勤務の経験を活かし、資料をはじめとしたモノを通じて学術研究の歴史を考える試みを始めている。

(佛大通信2018年7月号より)

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