通信教育クロストーク

2018年08月09日
黒岩晴子研究室(社会福祉学科)

「学びのサプリ」
社会福祉学部 社会福祉学科 教授 黒岩 晴子(くろいわ はるこ)


公害のまちで働きながら学び高度経済成長の歪みを知る

 私の学生時代、進学率は低く高校や大学は働きながら学ぶ人も多かったと思います。私も夜間の大学に通いながら、昼間は大気汚染地域にある病院に勤務。検査業務の補助などの仕事を終えてから、夕方以降は大学に通う生活を4 年間続けました。
 病院で働いていた1970 年代は、55 年頃から推し進められてきた高度経済成長政策による工業化のもとで、健康被害というツケが国民に回されてきた時代。日本全土が公害列島と言ってもよい状態でした。大気汚染だけでなく種々の公害が発生し、各地で甚大な被害をもたらしていました。
 今も大きな問題となっていますが、当時も長時間労働による過労死は多く、劣悪な労働環境による労災事故や職業病などが頻発していました。貧困問題も深刻で、必要な医療を受けることができない人たちが大勢いました。
 1980 年代後半になり、WHO などが「健康の社会的決定要因」として健康格差の問題に注目するようになりましたが、そのずっと前から、私の勤務していた病院では、社会医学的な視点で様々な医療活動を行っていました。

病院時代の調査や支援活動が今の教育活動や研究の原点

 地域では、子どもから高齢者まで健康被害は深刻で、患者の多くが喘息や慢性気管支炎、肺気腫や肺がんなどの呼吸器疾患に罹患していました。工場からの煤煙、自動車の排気ガスといった複合的な公害によって「晴れた日でもスモッグでヘッドライトをつけないと走れない」と言われるほどで、干している洗濯物もススで汚れてしまう有様。現在の中国の大都市よりも深刻な公害に悩まされていました。
 私たちソーシャルワーカーは大気汚染公害訴訟の弁護士と共に公害患者の家を一軒一軒訪問し、聞き取り調査を実施。健康状態だけでなく生活史把握も行いました。患者の多くは、高度経済成長政策により農山漁村から安価な労働力(金の卵と呼ばれていた)として都市に移住、転居した先で大気汚染の健康被害を受けたのです。国の政策により、何重もの被害を被っていました。
 一方、裁判を闘う公害患者と家族の会には、医師会や地域住民などから多くの支援がありました。地域住民が空気中の二酸化窒素の定点調査を実施するなど、環境改善の運動が幅広く行われました。そのような支援や運動が国の公害対策に影響を与え、公害健康被害補償法の制定に結びつき患者の救済制度が実現。煤煙や自動車排出ガス規制などの法律創設につながりました。
 その実態調査活動のほんの一部ですが、担えたことは貴重な経験でした。現在の研究や教育活動においてソーシャルアクションを意識することにつながっていると思います。また、活動を通して患者・家族、地域住民や支援者と出会い、人間らしく生活し働く環境を良くするための活動を共にしたことが、自分自身の働き方、生き方の原点になっています。

原爆被害者の声を聴き核兵器のない世の中を

 戦後、長い間放置されてきた被爆者の救済も課題でした。勤務していた病院は、戦前から戦争に反対していた医師や職員、地域の人たちが創立した病院でもあったため、被爆者への医療活動も積極的に行っていました。
 1978 年に第1回国連軍縮総会が開かれたのですが、その前年「被爆の実相とその後遺・被爆者の実情」というNGO 主催の国際シンポジウムに向けた全国的な被爆者実態調査がありました。病院でも実態調査実行委員会が組織され、私は事務局として調査に参加しその報告書の作成も担当しました。
 医学調査や生活史調査などで明らかになった、被害の実態や被爆体験を収録しました。戦争政策の犠牲者である被爆者の援助は、反原爆・反戦争につながります。原爆投下時の激甚な被害、被爆体験と生活史を聴いた者として、その継承を決意しました。
 関西にも多くの被爆者がおられますが、急速に高齢化が進んでいます。なかには、未だに被爆者手帳を所持していない方もいます。長年、国の広報が行き届いていなかったことから被爆者援護法の適用を受けていない被爆者が大勢います。また、当時を思い出したくないなどの理由で手帳の申請をしない人もいます。しかし、手帳を申請してもなかなか被爆したことが認められなかったり、病気などが原爆の影響と認定されない厳しい現状もあります。
 世界には、今なお15,000 発もの核兵器があるといわれています。核兵器が使用されると地球は壊滅、人類は滅亡します。「微力だが無力でない」、これは核兵器廃絶運動を続けている長崎の高校生たちの言葉です。私も同じ思いで活動をすすめたいと思っています。

学びの処方箋

 私も夜学や通信教育等を経験しましたが、共に学ぶ仲間の存在は貴重でした。スクーリングなどの直接会える機会を大切に、孤立しないで学び続けてください。今は、メールやSNS などの便利なツールもありますが、手書きが省察や思索を深めることに有効だという研究もあるそうです。リポートを手書きすることも大事だと思います。

〔経歴〕
医療機関での事務職、相談援助業務等を経て、医療現場での福祉的な実践課題を研究するため大学院へ進学。その後専門学校や短大、大学で介護福祉士、社会福祉士の養成教育に従事。医療現場で学んだことは、患者の立場に立つこと、病気や健康は患者の生活と労働の視点から捉えること、環境改善のためのソーシャルアクションの重要性。環境改善の取り組みは人間とその人が抱える課題を環境との関係で捉える、まさにソーシャルワークの考え方で、そのことを実践の中で体験的に学んだ。

(佛大通信2018年3月号より)

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