通信教育クロストーク

2018年02月13日
言葉ではなく感性に伝える伝統芸能の魅力

KYOTO TIME TRAVEL
伝統をつなぐ・未来をつくる・京都をめぐる

足利義満が建造した「花の御所」。その跡地の北端、烏丸通上立売に河村能舞台はある。能舞台を受け継ぐ河村純子さんは、能楽をわかりやすく伝える体験型「能楽おもしろ講座」を1996 年から始め、受講者はすでに34 万人。教育学部臨床心理学科の石岡千寛先生が話を伺った。

河村 純子(かわむら じゅんこ)
福岡出身。同志社大学文学部卒業。故 河村信重(観世流シテ方 重要無形文化財保持者)と結婚後、河村能舞台の運営に携わり、「女性のための能を知る会」を20 年近く続ける。能を見たことがない人や若い世代に向けた「能楽おもしろ講座」を1996 年より開始。カナダ、エジプト等、外国大使へのレクチャーや、講演会でも活躍。京都精華大学評議委員。能楽普及協会理事。

石岡 千寛 (いしおか ちひろ)
教育学部臨床心理学科教授。健康管理センター長。京都大学医学部卒業、同大学院医学研究科博士課程修了。松江赤十字病院小児科部長を経て現職。専門分野は小児医学、病院心理臨床、障害児心理、発達心理学。研究テーマは、病気の子どもや障害を持つ子どもとその家族への心理的・社会的支援のあり方を考える。

この日、「能楽おもしろ講座」に参加していたのは、京都へ修学旅行に来た中学生たち。謡の練習や和楽器の説明、足袋を履いて舞台に上がり、「すり足」を体験するなど、参加型で能を身近に感じるプログラムを石岡先生も鑑賞した。

日本のことを知らない日本人

石岡:私が高校生のときに、学校からの行事で鑑賞会に行き、能と狂言を観たことがありましたが、当時の自分にはとても退屈なものでした。今日は、能を観る前に河村さんの解説があり、能舞台を観る知識と心構えができてから鑑賞できたので、すごく感動しました。

河村:ありがとうございます。中学生の皆さんも、だんだん顔が締まっていきましたよね。舞台の空気を作るのは演じる側だけではなくて、お客様も一緒に作っていくものなので、集中して観てほしいと思っています。

石岡:こういう形で始めるようになったきっかけを教えてください。

河村:それは二つあって、一つは、弟が仕事でアメリカへ行ったとき、アメリカ人に日本のことについて質問をされて、自分が何も知らないことに気づいたという話を聞いたこと。日本人の誰もがベートーベンの曲は知っていても、文楽や能で使われる邦楽は曲名もわかりませんよね。それはおかしいと思ったのと、もう一つは、ある能の鑑賞会で、シテ方の先生の解説もあったのですが難しくて、舞台が始まるとお客様の頭がだんだん下がっていくのです。終幕後ロビーに出てきた人たちを見ていると、「能は1回観たから、もうええわ」という顔をしていらっしゃる。これでは、せっかくの鑑賞会も能の普及ではなく、逆に1回観たらもう行かない人を作っているのではないかと思ったのです。そういう人が、誰かに「能はどうやった?」と聞かれたら、「眠かったわ」と言うでしょうから、能を観ない人を増やしてしまいますよね。それで、何か良い方法はないのかと考えたのです。

せっかくの鑑賞会なのに、逆に能に興味を失う人を作り出している現実。これを打開しようと、河村さんは「能楽おもしろ講座」を思いつく。

これまでと違う切り口で鑑賞会を

河村:当時、「インディ・ジョーンズ」というハリウッド映画があって、3分間に1度は観客を驚かせるということでした。能では、それは無理かもしれないけれど、何かお客様を惹き付ける方法があるのではないか。それで思い出したのが小学1年生頃のこと。リンゴは、普通は縦切りですが、私は子どもで既成概念がなく、横に切ったんです。それまで私が知っているリンゴは種がハート形に並んでいたのに、星形に並んでいて、ものすごくびっくりして。同じものでも切り口を変えたら、違うものが出てくる。それで、短いコーナーを色々と作ったらどうかと思ったのです。

石岡:なるほど、それで今の形になったのですね。

河村:えぇ、でも、実際に集客はどうすればよいのかですよね。それまでも「女性のための能を知る会」を任されていて、集客の大変さは嫌というほど知っていました。それで、修学旅行生がいいなと思ったのです。一般のお客さまと違って、多くの人数で来てくれますし、日時も前もってわかりますよね。それを友達に話したら、旅行代理店の方を紹介してくれて、説明しに行ったのですが、「こういうものは、売ったこともないし、売れません」と言われたのです。当たり前です。思いつきだけですから。その後、その会社の20人ぐらいの営業の方の前で話をする機会を10分だけ作ってくださったので、「こんなことをやりたいんです」とお話ししたら、翌年に1校を連れて来てくださったのです。

石岡:興味をもってくださったのですね。

河村:ええ。でもその頃は主人のサポート役でしたし、講座は趣味の延長のようなものだったのです。ところがその後、主人ががんで亡くなり、目の前にシャッターが下りたような気持ちに……。能楽師には失業保険や退職金はないし、それぞれが独立した個人事業主ですから。これまで能舞台に出演してくださった方々も、主人がいるから出てくださっていたわけで、私が継いでも出演いただくためには、この講座を仕事として成り立たせていくしかないと。とても意識が変わったのです。

石岡:何もない所から作り上げて、ここまで集客を増やして来られたことがすごいです。

河村:京都で新型インフルエンザが流行した2009 年頃には、ガクンとお客様が減りました。それまで順調だったので、何もしなくても来てくださると思っていました。当時は年間2万人ぐらいの修学旅行生が来場くださっていたのですが、考えてみれば、京都には100 万人の修学旅行生が訪れるのです。ということは、まだ98万人いるのだと考えました。それで金閣寺へ行って、バスにある学校名をメモして、初めて資料も作り手紙と一緒にその学校や同じ地域の学校へ送りました。

石岡:なるほど。金閣寺なら、必ず修学旅行生が来ますものね。

河村:やはり努力は必要なのですね。趣味のゴルフがご縁で、立命館大学の前々理事長で立命館を革新された川本八郎先生と知り合いました。先生は「現状維持は絶対に停滞や」と仰るんです。「好調の時の危機管理が一番大事や」と。つまり、危なくなってから考えても遅いということですよね。だから、現状で満足することなく、常に内容を考えたり、集客についても考えなくてはいけないと思っています。

現在、「能楽おもしろ講座」は、企業のビジネス研修としてや、海外からのセレブにも人気。高校生のときに修学旅行で来た生徒が、旅行代理店に就職して「ぜひ、自分が担当する学校を連れて来たいと思いました」と連れて来てくれた、うれしい再会エピソードも生まれている。

言葉では伝えられないキラリと光るもの

石岡:講座の話に起承転結があって、すごくわかりやすいですね。退屈する暇がないです。

河村:能は、眠たくなる部分もありますが、中にキラッと光る部分が確かにあるのです。だから、700 年近くも続いてきました。私は観た方には、単に「日本の古典芸能を観た」「珍しいものを観た」で終わってほしくないのです。能の中には、元々私たち日本人が持っている「けじめ」、背筋を伸ばす、襟を正す感覚や気合いといったものが、何とはなしに伝わってきます。講座の最後に「これで終わります」と言うと、言わなくても正座で挨拶してくださったり。それは、言葉ではなくて感覚で伝わるのだと思うのです。

石岡:体験をすると、自分も参加している感覚になるし、身近に感じることができるからですよね。

河村:先生方からお手紙をいただいて、「子どもたちが物を大事にするようになりました」「挨拶が変わりました」と教えていただくと、うれしいです。もちろん、全員が変わるわけではないですが、数人でも感じてくれる子がいたらいいなと思います。

石岡:私は医者だったので、多人数を講義で教えることに慣れていないのですが、河村さんの話し方がとても参考になりました。生徒に舞台上で実際に体験させることも、すごくよい学びだと思いました。私が高校生のときに、今日のような教え方をしてもらったら、もっと伝統芸能に興味が湧いていたかもしれないなと思いました。河村:ここで観て、ちょっとでも面白いと思ってもらえたら、例えば将来、東京オリンピック・パラリンピックでボランティアをすることになったら、京都に来たことや能を観たことが、外国人との会話のきっかけにもなるし、それで仲良くなれることもあるでしょう。社会人なら、仲良くなってビジネスチャンスにつながることだってあると思います。

石岡:そうですよね。今日はいろいろと勉強になりました。ありがとうございました。

(佛大通信2017年11月号より)

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