通信教育クロストーク

2017年04月07日
松田智子研究室(現代社会学科)

「研究室訪問」
社会学部 現代社会学科 教授 松田 智子(まつだ ともこ)


私の人生の転機となったパデュー大学大学院での勉強・研究づけの留学体験

 日本の大学を卒業後は民間企業への就職志望でしたが全て落ちました。男女雇用機会均等法の施行前で、特に自宅から通勤できない女子学生の就職は非常に難しい時代でした。その後、縁あって、母校の助手として採用され、アメリカ人講師リンダ・バーバー(Linda Barber)先生の助手を3年間務めました。この間に英語力はかなり伸び、先生の薦めもあって、アメリカの中西部にある総合大学・パデュー大学大学院に留学しました。今思い返すと、先生との出会いが1つの転機になったことは間違いありません。大学院では、社会学のアプローチで家族を見ていく家族学を研究しました。社会学の実証研究には大きく量的研究と質的研究がありますが、当時のアメリカの社会学は量的研究が盛んでした。修士論文のテーマは、米国駐在員の対処行動と満足度に関するもので、米国に駐在する日本人家族を対象にアンケート調査を実施するにあたり、統計的分析に耐えうる対象者数を得ることが大変でした。そこで、当時アメリカの中西部に工場があった日本の自動車メーカーの人事担当者に直接協力を仰ぐと、親切にも協力いただき、そこに暮らす日本人家族が経験するストレスを中心に、現地での生活への適応度や満足度を細かく調べました。手探りでの独力の交渉など試行錯誤の連続。ですが得た経験はその後の研究に大いに役立っています。大学院の授業は文献を読んでディスカッションをすることが一般的でしたが、課題と文献量がとても多く、寝食を忘れて課題に取り組み、人生で一番勉強しました。

アンケート調査から学んだ、相手への気遣いと数字では見えない真実

 帰国後、私は大阪市立大学の大学院で後期博士課程を修了し、東京都老人総合研究所に勤務しました。ここでは、一人の人を中年期から老年期までを追いかける縦断研究を行うプロジェクトに入り、人びとがどのようなネットワークを持ち、加齢とともにネットワークがどう変化していくのかを調べました。アンケートの質問項目の設計や統計ソフトの使い方など本格的なアンケート調査の手法はここで身につけたのです。

 アンケート調査というものは、奥深いものです。仮説の構築から始まり、調査対象者の選定、調査票の設計、予備調査、本調査、回答票のクリーニング、データの入力、分析といった一連のプロセスがあります。時間を要する根気のいる作業ですが、統計的分析から、個人をとりまく要因同士の関係を浮かび上がらせる面白さがあります。ですが、統計上の数字だけを見て安易に捉えると、調査の対象者の個々の実態が見えなくなることも知りました。例えば、障がい者学の研究をしていた友人がアンケートで障がいを持って何年経つかを問うた際に、「00年*日0時0分に事故」という答えがあったそうです。調査対象者はあくまでも「人」であり、その人にとって大変重大な出来事だから「はっ」とさせられる答えも多いのです。アンケート調査では、一人よがりにならないように、聞かれる対象者の観点に配慮する必要があります。どの調査でも、一人ひとりの回答には大変重い意味があるのですから。アンケートが誘導尋問的にならないように、質問項目の順序に気を配ることも大切です。

ワーク・ライフ・バランスの専門的な研究から広がるネットワーク

 現在の私の研究テーマは、ワーク・ライフ・バランス(WLB)に関する日本とEU諸国との国際比較です。今は主に父親の働き方を中心に、4人の仲間と共同で研究を進めています。昨年には、スウェーデン、オランダ、ドイツのインタビュー調査のため仲間と現地へと赴きました。そこではWLBの評価の高い大企業、中小企業を中心に訪問しましたが、人事の方に笑顔で迎えてもらい、それぞれの国の仕事への意識や特徴を聞き、活発なディスカッションができました。日本とEU3カ国の政策的な違いはもちろんですが、職場風土も大きく異なります。オランダはパートタイム王国で残業の概念がありません。スウェーデンはフルタイムの共働きが主流で、長期間の有給休暇が保障され、取得率も高くなっています。「上司や同僚に遠慮する」職場風土はなく、残業にもネガティブな意識があります。日本は、長時間労働のうえ、休暇の取得率もきわめて低いのが実情です。

 多くの量的調査をしてきた私が今インタビュー調査に重点を置く理由は、録音内容を何度も聞き返すことによって、一人ひとりの語りから様々な発見や気づきがあるからです。質的データから得られた知見を研究仲間と議論することで解釈が広がることも実感します。その成果の一端を共著(※1)で英語で出版した影響力は大きく、外国の研究者とのネットワークも広がっているところです。

 学生たちには、インタビューの際には、調査対象者の方から貴重な時間をいただいていることに感謝し、対象者の言葉に真摯に耳を傾けるようにと伝えています。

[経歴]
パデュー大学教育学研究科修士課程修了(M.S.)、大阪市立大学大学院生活科学研究科博士課程満期退学、東京都老人総合研究所社会学部門助手、佛教大学社会学部専任講師・准教授を経て現在に至る。

(佛大通信2017年3月号より)

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