通信教育クロストーク

2015年10月23日
自然の時間と暦

「学部長の手帖から」
歴史学部長  渡邊 秀一(わたなべ ひでかず)

 3月初めまでの厳しい寒さから一転して、2015年の春は足早に通り過ぎました。我が家の庭では3月に入って梅の花がようやく開き始め、日向みずき、沈丁花、椿、木蓮、杏と開花が続き、4月初めには桜が一気に開花しました。ところが、桜の開花とほぼ同時に桃や山吹、利休梅まで咲き始め、桜と色を競っていました。いつになく彩り豊かで華やかな庭になりましたが、季節の足早な変化に花も慌てて咲き、あるべき順序に混乱が起きているようでした。

 日本人の四季に対する感覚、季節感は驚くほど繊細で鋭敏だとよく言われます。確かに、年中行事だけでなく日々の生活の中のほんの些細な事柄にまで季節の移り変わりが映し出されています。それは、日本の季節の移り変わりが私たちの生活の一部として社会化され、制度化されている、いうことにほかなりません。自然の社会化・制度化は暦に基づいて行われています。ご承知のよう日本の暦は明治時代初めに太陰暦(旧暦)から太陽暦(新暦)に変更されました。太陽暦への転換は、日本の暦と時刻制度がローカルルールから抜け出して、世界標準時になったということですが、一方で日本人が培ってきた季節感覚、なかでも季節の移り変わりの順序という点で齟齬が生じる結果になってしまいました。

 現在の暦でいえば、3月3日に桃の節供(上巳の節供)があって、3月下旬から桜が咲き始めます。しかし、実際に桃の花が開花するのは桜の開花より後のことです。3月3日は旧暦の日付そのままですから、それを2015年の新暦に変えると2015年4月21日になります。また、鎌倉時代の歌人・西行は桜の下で如月に彼岸に旅立ちたいと詠いました。 2015年に桜が開花した3月下旬を旧暦に置き換えれば、旧暦2月中旬に相当します。桜が咲く時期は西行の時代も現在も変わりません。ですから、旧暦の日付をそのまま新暦に用いて桃の節供とする暦の上での操作が桜と桃の順序を混乱させていることになります。こうした事情は春だけのことではありません。 7月7日はまだ梅雨ですし、 8月15日は真夏で月どころではありません。9月9日は露が下りるどころか、厳しい残暑の中です。

 始めに春の開花の順序に混乱があったと書きました。なるほど、桃や利休梅の開花は例年よりも早いものでした。しかし、花たちにしてみれば咲くべき条件が整ったから咲いたのでしょう。それは決して自然のルールを踏み外しているわけではありません。むしろ、あるべき順序を混乱させているのは、自然の移り変わりを制度化し、また私たちの都合でかたちだけ旧暦の月日を残すといった操作をしている私たちの方なのかもしれません。

(佛大通信2015年6月号より)

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