通信教育クロストーク

2015年10月23日
おいしい料理

「学部長の手帖から」
社会学部長  近藤 敏夫(こんどう としお)

 「食べるのが一番幸せ」と家族が揃った夕食時に妻が呟いた。息子と娘は無反応・・・。「ね、お父さん!」と同意を求められる。

 我が家は農村地帯にある。新鮮で力強い香りの食材が揃う。近所のおばちゃん、おじちゃんから電話がかかってくると、軽やかに(スカートをはいたまま)畑に出向いて、朝どれ野菜をゲットしてくる。手伝わず、もらってくるだけ、なのだとか。台所の上棚には唐辛子や月桂樹の葉が枝つきでぶら下がっている・・・。

 食材は香りで見分ける。大学時代の後輩に何を食べるにしても、犬か猫のようにクンクンと嗅ぐ者がいた。食材ひとつひとつの匂いを嗅いでから包丁を入れる先輩がいた。動物は嗅覚で食材を決める。嗅覚は自然と向き合うときの生命線となる。

 食欲を満たすことが、動物的な喜び、つまり一番の幸せだ。

 自然との新陳代謝が命の基本だからだろう、わたしの経験では自然に近い食材ほどおいしい。新鮮な野菜からは目が覚めるような出汁がとれる。肉でも魚介類でも、晩のおかずに残った骨や殻に生姜や大蒜(にんにく)ひとかけらを足してスープをとり、きれいに濾せば、締めにもってこいである。余ったスープに人参や玉ねぎを小さ目に切って弱火にかければ朝食になる。キノコやソーセージを具にしたり、月桂樹の葉で味を調えたりと、ちょっと工夫する。このひと手間が家庭でおいしい料理を作る秘訣である。

 わたしが料理をはじめたのは大学生の頃だ。指南書は『壇流クッキング』である。素人料理のコツが書いてある。我流にアレンジして安い食材で料理した。今でも冷蔵庫の余りもので昼飯をつくる。安直にパスタか炒飯にすることが多い。ゆで時間や焼き具合に気を付け、オイルとシーズニングにひと工夫する。お店よりおいしいと、息子と娘のお墨付きだ。

 近年は経費削減という理由で飲食店がひと手間かけなくなってきた。アルバイターに盛り付け方を研修させて料理を出す店もある。作り置きの食材を温めて並べると料理ができるシステムだ。後はインターネットに写真とコメントをうまそうに載せれば、グルメなお客が寄ってくる。致命的な点がひとつ。料理を知らない経営者が、温め方を会得しない者を雇うと、とんでもない料理が出てくる。

 佛教大学の近くに安くておいしいビストロがある。「ごちそうさま」と頭が下がる。どんな業界でも経費削減が求められる昨今である。だからこそ、素材を生かして、手間暇をかけ、工夫をするのがプロの道だろう。

(佛大通信2015年8月号より)

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