佛教大学通信教育課程

通信教育クロストーク

2018年12月11日
田園都市の邸宅で家族が織り成した文化層を、未来へ。

KYOTO TIME TRAVEL
伝統をつなぐ・未来をつくる・京都をめぐる

京都府西向日の穏やかな丘陵地に建つ「向日庵」。ここから、寿岳文章氏は一家で文化を発信した。寿岳家が残した功績を未来につなぐ「特定非営利活動法人 向日庵」を臨床心理学科の鈴木康広先生が訪ねた。

向日庵

英文学者であり、日本の和紙研究や書誌研究においても多大な業績を残した寿岳文章(1900 – 92)・しづ(1901 – 81)夫妻・長女章子(1924 – 2005)・長男潤(1927 – 2011)が暮らした居宅。1933年、藤井厚二門下の建築家・澤島英太郎の設計・監督によって建設されたこの家には多くの文化人が訪れた。2015年、地元の人たちが中心となって「寿岳文章一家の文化的業績についての調査研究会」を立ち上げ、2017年にNPO法人化された。

中村 隆一(なかむら りゅういち)
NPO法人 向日庵副理事長。京都府生まれ。1991年、京都市立芸術大学の教授となり、2004年に退任、名誉教授に。プロダクトデザイン他の分野で幅広く活動。京都の景観問題についてもボランティアで取り組む。

中島 俊郎(なかじま としろう)
NPO法人 向日庵理事長。神戸市生まれ。甲南大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得。オックスフォード大学コーパス・クリスティ・カレッジ研究員を経て、甲南大学文学部英語英米文学科教授。2018年名誉教授に。

鈴木 康広(すずき やすひろ)
教育学部臨床心理学科教授。
京都大学医学部卒業後、3年間の内科研修後8年間吉田病院精神科勤務。京都大学医学部研究生(精神医学)を経て、スイスのユング研究所留学。ユング派分析家(Zuruch, 2008)となる。帰国後、鈴木クリニックを開業し、2009年より佛教大学特任教授を兼務。2011年、佛教大学教授に就任。

NPO 法人 向日庵は、世界的な和紙造形家・伊部京子さんのアトリエを間借りして発足。伊部さんは不在だったが、西向日と東向日のちょうど中間ぐらいにあるアトリエで話を伺った。

市民の力で向日庵を保存

鈴木:私は学生時代に鶴見俊輔先生のところに出入りしていまして、そこで柳宗悦先生などの民藝の話を聞いて、寿岳(文章)先生ってどんな先生なんだろうと興味をもっていました。

中島:私自身は寿岳先生から直接、教室で教えられたことはありませんが、孫弟子にあたります。先生は、ロマン派の詩人であるウィリアム・ブレイクの研究をされていて、ブレイクのテキストを複製されようとして向日庵というプライベート・プレスを作られました。そこから和紙へと研究を深めていかれて、同時に民藝の柳宗悦さんとの交流もありました。鶴見先生が、「家族の層で文化をとらえるのは非常に珍しい。そして、寿岳家には典型的な家族の姿がある」と指摘なさいましたが、確かに4人の方が2世代に渡って訴える大きな共通するものがあると思うんですね。それを我々が次世代へ何とかバトンタッチできないかと考えています。

鈴木:先生は、南禅寺のあたりから向日市の向日庵に移って来られたのですよね。

中島:そうです。あちらでは冬の寒さが耐え難かったようです。

中村:西向日は丘陵地なんです。だから、おそらく風がよく通って、日当たりのいいところだというので注目されたのでしょうね。当時は、竹藪だらけだったと思います。

鈴木:西向日は昭和初期に造成された住宅地で、桜並木が美しいことでも知られていますね。

中島:寿岳先生は、桜並木保存会の初代会長だったのですよ。ゴッホのひまわりがお好きでしたから、西向日の明るさを気に入られたのだと思います。

寿岳家では、家族が一緒に「向日庵本」という私家本を出版していた。戦時中にも、手作りの本で、日本の文化を発信していたことには大きな意味がある。

全国の紙漉きの村を行脚して本を完成

鈴木:この本が、有名な「紙漉村旅日記」ですね。 これはオリジナルのものですか。

中島:そうです。私たちのホームページを見て、篤志家の方が寄贈してくださった貴重なものです。

鈴木:すごいですね。日本各地の和紙の産地を訪れて、それぞれ見本の紙も貼ってあるんですね。

中村:いまでは滅んでいる紙漉村もあって、和紙を作っている方からしたら、たいへんな資料ですよね。

中島:これが昭和19年(1944)に出たことに大きな意味があると思います。戦争の末期に、柳さんと話し合う中で、日本文化が衰亡していくことを問題視したのですね。

鈴木:紙から印刷まで、手作りというのがすごいですよね。奥様のしづさんが色付けしたり、絵を描いたりされていたそうですね。

中島:製本もしたり。地図は潤さんが描かれました。それはもうたいへんなことです。

鈴木:ホームメイドの本を作る意味とは何だったのでしょうか。

中島:先生が一番私淑されていたウイリアム・モリスの工芸(クラフト)からの影響ですね。「本当の読者というのは、そんな機械生産するほどいるわけがない」と。しかも、本の数を限定することによって、より精鋭の読者を選びますから、妥協のないものを出したいというお考えでしたね。

鈴木:カーテンや壁紙にウイリアム・モリスというのがありますが、同一人物ですね。

NPO法人として発足したのは昨年。向日庵の調査研究会を始めてからでも、まだ4年目だが、今後の展開は?

向日庵から世界へ発信したいもの

鈴木:今後、目指すものは何ですか。

中島:「動態保存」ということを目指しています。日本民藝館のミニチュアのようなものを作るのではなく、文化的な発信をしながら、市民の手で和紙教室などから始めて、だんだんと発展していけば世界的なシンポジウムなど、いろいろできるようになると思うのです。寿岳家がせっかく作った文化層というものを、何とか維持して発信できる場にしたいというのが私たちの願いです。

鈴木:蔵書なども多くあるのでしょうね。

中村:向日市の文化資料館で紙に関する資料は一部保存されていますが、書庫などはそのまま保存されていて図書カードも残っています。膨大な資料にリストを付けるだけでもたいへんです。

鈴木:調査研究会の発表は、どれぐらいの頻度で行われているのでしょうか。

中村:2カ月か3カ月に1回で、NPOになる前の7回分は講演録にまとめました。NPO法人になってからは、次回が3回目です。

鈴木:そういう積み重ねが大事でしょうね。

中村:私たちの活動に賛同していただける方が600人います。その方たちを裏切ってはいけないので、コツコツと進めていかなくては。

中島:先生が一番無念だったことは、和紙の歴史事典の編纂が途中になったこと。目録もかなりの量が残っています。もう一息でしたが、カードだけが渦高く残っていて、ちょっと残念な結果ですね。あれをまとめられたらと思います。

鈴木:関心をもって引き継いでくれる若い世代がいればいいですね。

中島:期待したいです。和紙研究は、いま飛躍的に発展していますから。

鈴木:世界でも日本がリードしているんですよね。

中島:いま、世界のいろんなところの和紙があります。茶道や華道と同じような、日本の文化ではないかと思います。

鈴木:日本で紙漉きの文化を学んで、イタリアの原料を基に作ってみるということですか。

中島:えぇ、古いパピエの作り方と合体したりして。イタリアの和紙というぐらい、本家裸足の紙が生まれていて、伊部先生は毎年国際会議に出席されています。学会誌を見ても、こんなに進んでいるのかと驚きです。

中村:この前のシンポジウムで、伊部さんが「和紙の国際化」をテーマに、世界に和紙の素晴らしさを伝えた寿岳先生の功績について話されました。

中島:それは、最初に英文で本を出されたからです。いまでは紙作りのバイブルのような本です。

中村:章子さんは女性学の草分けですし。

中島:フェミニズムやジェンダーという言葉もなかったころ、岩波新書などで女性性を歴史的に解明されています。女性として社会的な壁を打破するにはどうしたらいいのかと、ずっと研究された方です。ご本人は、実に堂々とした方でした(笑)。

中村:しづさんは、英米文学の翻訳をされていました。オルコットの若草物語を「寿岳さんの奥さんが翻訳された」と近所の人に聞き、驚いた記憶があります。

中島:潤さんも面白い方で、天文学者として有名な方ですが、宇宙人はいるのかという疑問に始まって、宇宙という大きな観点から人間を考えた方です。さっきの紙漉村の本に地図を描いているようなところを見ると、寿岳先生に似ていると感じますね。

鈴木:本誌を読んで、調査研究会に参加してみたいという学生がいればいいなと思います。今日は、ありがとうございました。

(佛大通信2018年7月号より)

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