佛教大学通信教育課程

通信教育クロストーク

2018年11月09日
野﨑敏郎研究室(公共政策学科)

「学びのサプリ」
社会学部 公共政策学科 教授 野﨑 敏郎(のざき としろう)


本を読みふけった中高時代 大学で社会理論に目覚める

 中学生の頃は、ジャンルを問わず本を読むのが好きで、教師だった父の書棚に並ぶ旧字体の文学全集にも手を伸ばし、高校時代には、デンマークの思想家・キルケゴールの著作を好んで読んでいました。彼は、十九世紀の時代批判を展開しており、キリスト教の権威の喪失にともなって人間の精神が変質する状況を鋭く糾弾しました。

 こうした問題を深めたくて、大学は哲学科に進みましたが、思潮批判にとどまったキルケゴールに飽きたりなくなり、社会理論や社会科学に興味が移っていきました。とくに、大学・大学院で学んだマルクスの疎外論やヴェーバーの呪力剥奪論は、現実社会のメカニズムと近代における生活精神の変質とを関連づけ、近代社会構造とその変動過程をダイナミックに描いていました。こうした社会科学的なもののみかたを学んで、近代社会と個人との相互作用を解明するのが、私自身の研究テーマとして固まりました。

日本社会の特質・特殊性を説いていたドイツ人研究者

 大学院では、社会理論や同族論に通じておられた長谷川善計先生のもとで、日本の農村地域の実態調査にも同行し、地域社会の実情をみる目を養うことができました。同時に、理論だけでなく、現場に赴くことの重要性を学びました。

 農民レベルでみると、古代において、日本と中国と韓国とで地域社会構造に大きな相違があるようには感じられません。そこに変化が生じるのが近世初期以降と思われます。とくに幕藩体制は、中央集権でも一元的でもない風変わりな国制であり、ここにおいて他国とは違う社会構造をもつようになったと考えられます。

 長谷川先生は、近世日本社会の特質・特殊性を立ち入って考察し、解明なさいました。東アジアでは一般的に父系出自を重視します。しかし、日本では、出自ではなく「家」を重視します。その「家」は、たんなる親族集団ではなく、村の構成単位として設定されていたため、「家」の存続に村が介入することもあり、また他村からの移住にも特殊な制約がありました。

 ヴェーバーも、『ヒンドゥー教と仏教』のなかで、こうした日本の村の問題を取りあつかっています。既存の邦訳ではほとんど意味がわからないので、原書に当たり、ヴェーバーが用いた文献を確認しながら読解しました。そのさい、注記されていたカール・ラートゲン(1856-1921)について、人物像を探りましたが、資料がほとんどなく、あっても不正確なものばかりでした。神戸大学には、その時代に渡独した経験をもつ経済学者・坂西由蔵の蔵書が「坂西文庫」として所蔵されており、図書館書庫に籠もってこれを調べました。福岡で教職に就いてからは、九州大学図書館に通って調べましたが、それでもわからないことだらけで、現地で調査することを決意したのです。

貴重な資料と巡り会い、ラートゲンの事績を研究

 ラートゲンは、ハイデルベルク大学、ハンブルク大学他に勤務しましたので、これらの大学に残っている未公刊史料を閲読しました。また、彼の令孫が健在ですので、会う手はずも整えました。それまでは、ドイツ語の読み書きはできましたが、会話はできませんでしたので、2カ月間特訓を受けて渡独し、以来、17回の夏をドイツで過ごしています。

 ラートゲンは、明治15年から23年にかけて東京大学(のちに帝国大学)で教鞭を執りました。招聘のさいに、彼の義兄であるグスタフ・シュモラー(著名な経済学者)の推薦があったことを、ハンブルクの古い新聞記事で確認できました。

 好奇心旺盛で行動的な若者だったラートゲンは日本各地を巡り、帰国後に『日本の国民経済と国家財政』と題した700頁もの大著を上梓し、教授資格を得ました。また後年の著作『日本人の国家と文化』は、日露戦争後に出版され、好個の日本紹介書として人気を博しました。彼は、この著作を、同僚のヴェーバーにも献呈し、ヴェーバーはここから引用したのです。

 『ヒンドゥー教と仏教』における日本の記述の種本が、同僚ラートゲンからの献呈本で、その内容が長谷川先生の研究に通じていることを突き止めたときには、ちょっと鳥肌が立ちました。

 彼が日本から家族に送った大量の書簡を閲覧することもできました。歴史的に興味深いこの書簡集を、ドイツ語と日本語で出版するつもりで、いま日独の研究者とともに準備を進めています。

[経歴]
島根県松江市出身。神戸大学大学院文化学研究科博士課程単位取得退学。1997年佛教大学に着任。2008年度ハンブルク大学客員研究員。ラートゲンの事績研究と、ヴェーバーの再解釈を通じて、日独比較社会史と大学問題論を深めている。授業では、主として日本の地域社会の歴史的特質を扱うほか、森林再生、地域公共交通網の再生にも関心がある。趣味は現代音楽の鑑賞で、京都市図書館に所蔵されている二十世紀後半以降の作品CD を全制覇しつつある。

(佛大通信2018年5月号より) 

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