佛教大学通信教育課程

通信教育クロストーク

2017年09月30日
学習体験記 仏教学科卒業生(H.Tさん)

仏教学部 仏教学科 浄土・仏教コース 卒業生

1.はじめに

 私が住む島根県は「出雲神話」の舞台として有名な地です。その「神話」の世界から一転して日本史学界を震撼させ、著名な学者をして「出雲はあった」と言わしめた出来事が起こったのが、33年前(1984年)の大量の銅剣(358本)の発見に始まる種々の「物証」(39個の銅鐸・出雲大社境内の心御柱等)の出現でした。にわか考古学ファンの一人であった私も、出雲人としていつかは学問としてのきちんとした歴史学を学びたい、そんな願望を抱いていたのです。還暦を前にその願望にヒットしてくれたのが佛教大学から取り寄せた資料でした。

 ところが、資料の文章の中で「生きる力を学ぶ」と謳ってある箇所を見つけたのです。還暦―佛教大学―生きる力を学ぶ、そして2010年度は仏教学部が再生された年度でもあり、そうしたことも機縁ではないかと勝手に思い込み、それほどの抵抗もなく歴史学部から仏教学部への選択変更を行なったのです。

2.学習の計画および方法等

 佛教大学から送られてきた資料を見てまず感じたのは「嬉しさ」でした。若い頃大学という所で学ぶことに、ある種の憧れを感じていたのも事実ですが、40年来の願望が叶えられたことに対する喜びだったのかもしれません。とはいえ、この年齢になると卒業が目的ではなく、「学ぶこと」をこの年齢でも可能にしてくれた幸せ感からくる喜びだったと思います。

 まずは資料の中のDVDの視聴から始めました。2巻16回を全て見て、佛教大学の概要をつかむことに努めました。当時の私は、週4日程度のわがままな勤務に変えてもらっていました。じっくりと色々な資料を見、そしてその時に決めたことは、卒業目標を6年後にしたことでした。それ位の期間設定をしなければ、1年次入学者としての単位修得が困難と思われたからです。そして次には、具体的な受講計画作りを始めたのですが、初めの頃は不慣れなこともあって、相当手間取ったことを覚えています。2年目に入った頃はまだ“ユックリズム”で事を進めていたため、焦りの気持ちはまったくありませんでした。やがて多少焦りを感じ始めたのが、3年目を迎えた頃でした。スクーリングの受講計画はほぼ順調に進んでいたものの、テキスト履修がまったく手つかずの状態だったからです。結局のところ、初めてリポートを出し、科目最終試験を受けたのは入学後2年半を過ぎていました。

 ここでスクーリングとテキスト履修の学習について少々触れてみたいと思います。まずスクーリング受講に当たっては、事前にシラバスをよく読み、また掲載してある参考文献も事前に1冊は読むように心がけていました。そしてリポートは、自分で考え自分の言葉で書き上げること、そのことの重要性は何回かの結果が教えてくれていました。つまり、自分でも驚くほどの高得点が得られたのは、一所懸命さを認めていただいたに過ぎないと思っています。なお、スクーリング受講後のリポート作成の構想は、自宅へ帰るまでの新幹線と在来特急の車内で考えることにしていました。記憶力の低下で、翌日になると忘れてしまうというリスクの回避とともに、自宅に着くまでの5時間を有効に使うことを考えた結果です。次にテキスト履修については、リポートの作成はともかく、科目最終試験は、シラバスに書いてある「学習内容の目的やねらい等を理解する」だけの、そんな単純な対応では何ともし難いことは誰でも分かることだと思います。1時間で800~1,000字程度の文章を書き上げるには、相当の「訓練」が必要であると実感しています。訓練と書きましたが、私が実践したのは、色々な課題を想定しながら、とにかく読むことあるいは書くことを何度となく繰り返し行なったことでしょうか。

3.卒業論文

 上手く表現できませんが、「難しかったけど楽しかった」、というのが素直な言い方かもしれません。しかし、いま振り返れば、卒業論文作成という作業を経なければ、仏教という学問の入口にも立てなかったと思うのです。何故なら卒業論文に取り掛かるまで、原始仏教や部派仏教そして大乗仏教も、更には密教の違いもまったく分かっていなかったからです。卒業論文のテーマの選定から清書許可をいただくまで1年半を要したことになりますが、並川先生には長きに亘って、種々のご指導を受けました。私のテーマは「原始仏教における無我説の一考察」というものでした。内容としては、『スッタニパータ』という仏教世界最古といわれる経典の中に無我思想がどのように説かれているかを探究することでした。ところが口頭試問の時、上手く説明ができない項目もあり、また矛盾点の指摘を受ける等、理解度の低さを改めて実感させられました。評点としては想定以上のものをいただきましたが、無我思想の難しさを改めて知ったところです。

 ありがたいことに並川先生から、今後時間があればもっと勉強を続けなさいとのアドバイスをいただきました。時間は十分過ぎるほどあり、体力も気力も特に問題ないのですが、最大の課題は能力不足を気合いだけでカバーできるかが不安なところです。

4.おわりに

 今思えばあっという間の5年半でした。多くの学友との出会い、とくにスクーリングの時、若い方々との会話は楽しい思い出の一つとなっています。そして「授戒会」という貴重な体験もさせていただきました。私的なこととしては、新しい孫との出会いや母親との別離、「四苦八苦」でいうところの「愛別離苦」はまさしくこのことなのです。4年前の4月に母が亡くなり、葬儀の2日後にあった科目最終試験では見事に不合格となりました。不合格の経験はその時だけですが、さすがに母親も悪いことをしたと思ったのか、その後の受験時にはいつも私に寄り添い応援してくれていた、そんな気がしてならないのです。神秘的、神話的なものを原始仏教で説くことはありませんが、私も日本人として、神仏のご加護のあることをどこかで信じている一人なのかもしれません。

~プロフィール~
島根県安来市在住。高校卒業後、地方銀行に勤め55歳で定年退職。地元企業へ再就職し2015年に退職。
2010年10月 佛教大学仏教学部仏教学科浄土・仏教コース入学
2016年3月 同卒業

(佛大通信2017年8月号より)

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