佛教大学通信教育課程

通信教育クロストーク

2017年06月28日
「洛中伝承」の酒造りの精神を今に守り継ぐ

KYOTO TIME TRAVEL
伝統をつなぐ・未来をつくる・京都をめぐる

二条城の北側、丸太町通を北へ上がると佐々木酒造はある。ここは、豊臣秀吉の自邸・聚楽第があった場所の南端。その敷地に、千利休の茶室付きの家を建ててお茶を楽しんだ話も伝わるほど、よい水に恵まれた地だ。現在、洛中で代々酒蔵を守る佐々木晃さんを原清治先生が訪ねた。

 

佐々木 晃(ささき あきら)
1970年生まれ。1992年、佛教大学文学部中国学科卒業。産業機械販売会社の営業を経て、25歳で佐々木酒造に入社。その経験を活かし営業活動に奔走した。現在、四代目となり酒造りの技術を活かして他企業とオリジナル商品の開発も行う。また、日本酒講座やイベントを通じて新たな日本酒ファンも増やしている。趣味は格闘技などのスポーツ観戦。

原 清治(はら きよはる)
教育学部教育学科教授。専門分野は教育社会学、学校臨床教育学、教員養成。変動する社会と教育の関係について、最近は学校で起こるさまざまな問題(いじめ、不登校、学力低下)とそのメカニズムを中心に研究。「ネットといじめと学校」『青少年問題第651号』(青少年問題研究会、2014年)、『ネットいじめはなぜ「痛い」のか』(ミネルヴァ書房、2011年)など著書・論文多数。

佐々木酒造が創業した明治26年、洛中には131軒の蔵元があったという。周辺の蔵元が廃業していく中、佐々木酒造が洛中で酒蔵を守ってきた理由とは。

京都の食文化に合う酒を造り続けて

:佐々木さんは本学中国学科の中原健二ゼミの卒業生ですね。以前、中原先生と『聚楽第』というお酒を一緒に飲んで、「これは旨いな」と話していたのです。それが佐々木酒造さんと私のはじめての出会いでした。洛中で唯一、酒蔵を守ってこられているそうですね。続いてきた理由は何ですか。

佐々木:やめられたところはたくさんありますが、倒産した感じではないですし、決して、うちがよくて続いてきたわけじゃないのです。造り酒屋というのは、なかなか厳しい商売でして、昭和48年をピークに、毎年約5%ずつ全体的な製成量が落ち続けて、今はピーク時の7割減といわれています。それで、うちでも、ちょっとあった土地を売りながら、なんとか生き延びてきたというところです。早くにやめられたところは、その時点で代々の資産を守るためにマンションを経営されたり、転業されたり。父親は、「賢い人からやめはった」と言っていました(笑)。

:そうなんですか。佐々木酒造のお酒には、どんな特色があるのでしょうか。

佐々木:京都の地酒メーカーとしては、京料理に合うお酒を造ることを大切にしています。日本酒の製成数は、伏見と灘の大手だけでシェアが50%。残りの半分を全国の小さな蔵も含めた約1,200場が、少しずつ造っている状況です。中小の存在意義は地域に根差したお酒を造って、地域の食文化とともに発展してきたこと。ですから、我々の使命は、地域の食文化に合うお酒を造ることだと思っています。京料理は、だしの文化に代表されるような、繊細で上品な味わいの料理が多いですから、料理に寄り添い、料理を邪魔せずに、引き立てるような酒造りを心がけています。

:なるほど。日本酒の楽しみ方は、どんなものでしょう。

佐々木:いろんなお酒がありますが、季節感があるのは日本酒だけです。冬だけに造る寒造りは、年末ぐらいには新酒ができ上がり、一番寒い時期には、大吟醸や純米吟醸などを造りだし春先にできます。それから貯蔵して、夏場は冷酒タイプのお酒、秋になると半年間熟成させた冷やおろし。その頃には、新米が収穫されて、新酒造りといった1年のサイクルがあるのです。

:聞いているだけで、生唾が出ますね(笑)。

佐々木:旬の食材とその時期のお酒が合うので、食事をしながら季節を楽しんでいただくことが日本酒の醍醐味だと思います。原:なるほど、それはよくわかります。1学期、2学期、3学期で子どもたちの学校での様子が違いますから、先生も学期ごとの生徒のよさを引き出したり、ここは抑えようとしたりするのとよく似ていますね。今、日本酒造りの奥深さを伺って、そんなことを感じました。

京都市内の地下には、いくつかの水脈が流れ、現在でもその地下水を使って豆腐や和菓子を作る店も多い。佐々木酒造では、そんな地の利を生かした酒造りをしている。

地元の米を使わない特殊な事情

:原料の米は、どんなものを使いますか。

佐々木:富山の酒米です。だいたい造り酒屋は米どころにあるのですが、京都ではそんなに米が獲れませんよね。それなのに酒蔵がたくさんあったのは、都が京都にあって年貢米がすべて京都に集まって来たからです。

:なるほど、お米が集まりやすいのですね。

佐々木:はい、特殊なケースです。そこが、地酒メーカーとしては苦しいところです。地域の米を使って造るのが地酒メーカーの定義ですから。ワインの醸造家は、自分のところで畑を持ち、ブドウを育て、ワインを作っていて、ワインを農産物だと言っているほどですが、日本酒の場合は、米作りのプロである農家の方と酒造りとは別々です。私たちは目利きをして、その年々の米の等級や収穫量などを見ながら、京都以外の産地から、いい米を引っ張って来ているわけです。

:なるほど。それでは、年によって産地や品種が違ったりするわけですよね。

佐々木:はい。それに合わせて、酒造りの設計をしているのです。基本、品種が同じなら、そんなに味は変わりません。

:酒造りに使う水の特徴を教えてください。

佐々木:伏見は桃山の地下から流れてくると言われていますが、ここは水脈自体が違っていて、鴨川の伏流水です。どちらも軟水でいい水です。うちの近くの小川通には、茶道の家元が並んで在るぐらいなのです。

:井戸があるのですか。

佐々木:はい。水面まで15メートルぐらいあります。

:ポンプで上げているのですね。これまでずっと、枯れることはこれまでなかったのですか?

佐々木:一時的にはありましたが、すぐに上がって来ますね。

酒造りは日本の大切な文化であり、恵まれた環境と代々受け継がれてきた技術があってこそ、初めてできるもの。伝統を守りつつ、次代へとつないでいくために、今、どんな取り組みをしているのだろうか。

酒蔵ならではの技術を活かす

:蔵の中は、すごく香りがいいですね。

佐々木:タンクの中を覗いてみますか?

:うわっ、ブクブクしていますね。発酵しているのがよくわかります。

佐々木:私たちは、酒造りをしていると言ってはいますけど、実際に米をお酒に変えているのは、麹や酵母の力です。私たちはそれを管理しているだけなのです。

:なるほど、教師と同じで、見守ることが大事な仕事ですね。ところで、伝統を守ってきておられるわけですが、新しい部分もありますか。

佐々木:昔の酒造りの職人は、秋に蔵元へ来て半年間働いて、また春には帰って農業や林業をされていましたが、今は農業従事者も高齢化してしまって、そういう方をあてにできなくなってしまいました。それで、今では地元の方を社員として雇って、職人として育てています。うちも職人は6人いますが、住み込みで来ているのは1人だけです。年間を通じて雇用するので、夏場の仕事も必要ということで、京都の企業さんと共同で今、地域資源活用で夏場にノンアルコール飲料や食品原料を作っています。

:最近は、甘酒がヒットしていますよね。

佐々木:えぇ。うちでも、ずいぶん前から甘酒を造っていました。経済産業省からの受託事業として食品原料を作る事業として、甘酒の素のようなものを作って、それをいろんな加工食品に変えていくという研究・技術の開発に取り組んでいます。酒蔵は、高品質な米麹を作る技術を持っていて、とくに得意とするところですので、米を使った食品原料というのは我々にしかできないことなのです。

:教育には不易な部分と流行な部分があるのですが、酒造りにおいても同じで変えてはいけないものと、変えていかなくてはいけない部分の両方があるのですね。

佐々木:そうですね。今、甘酒の素を原料に使ってもらおうとどんどん進めているところです。オフシーズンには、産学連携でも、いろいろなことに取り組んでいます。

:今日は、ありがとうございました。今度は、中原先生と一緒に来ますね!

(佛大通信2017年5月号より)

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