佛大通信ちょっと読み2017年09月号
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5学の入学式で、伺うことができませんでした。重森:はい、下鴨神社の近くの旧三井家下鴨別邸での演奏でしたので、神域にふさわしい演目をということで、どうしても『古事記』を題材にしたものをと思い、新作を書きました。今日は私一人での演奏ですが、そのときは笛と打楽器の奏者である共演者もおりまして、彼女たちも作品に合わせて龍笛を吹いていただくなど『古事記』にふさわしい取り組みをしてくれて、3人で演奏させていただきました。斎藤:最初にお会いしたとき、『古事記』が生まれてから1300年の少し後だったこともあって、重森さんは『古事記』を題材にした作品を作りたいとおっしゃって。重森:はい、先生にそう申し上げましたら、「サホビコ・サホビメという新内にうってつけの話があるんです」と教えていただいて、その後、読ませていただいたら、本当にぴったりで。愛と憎しみと権力闘争と、しかもドラマティックな情景が目に浮かぶ物語もあり、素晴らしいと思いました。斎藤:いま私たちは『古事記』を文字で目にしていますが、もともとは稗田阿礼という人が口承で伝えてきた物語です。1300年前に書かれたものを聞くことはできないのですが、今日、重森さんの新内を聴いて、その時代を感じることができたような思いがしました。重森:ありがとうございます。斎藤:最後のところは、新内によって音声の世界と語りが一体となって、稗田阿礼もびっくりというところでしょうね(笑)。重森:稗田阿礼という人は、物語を一度聞くと忘れなかったそうですね。斎藤:ええ、謎の人物で、男性か女性かもわからないんですね。老人だったという説もあるんです。『古事記』と時代は離れますけれども、語りで伝えていくということでは、江戸の浄瑠璃の世界ともつながっていますから、『古事記』を新たに新内で語るのは、ぴったりかもしれません。研究者としては、なんとか語りで再現できないかなといつも考えている 新内志賀の名で家元として活動するほか、本名では他ジャンルのアーティストと共演したり、映画では出演者への演奏指導や自らも芸者役で出演したりと、活躍の幅を広げる重森さん。斎藤先生との出会いも、京都・上七軒で開かれた演奏会の席だった。❖映画がきっかけで邦楽のCDを発売❖斎藤:最初に上七軒でお会いしたのは3年前ですね。あのときも、今日のようなお座敷で、照明は全部消して蝋燭の灯りだけ。重森さんが『源氏物語』の六条御息所の物語を語られて、もののけが出てきそうなゾクッとするような世界を聴かせていただいて。二度とないような機会だったと思います。重森:ありがとうございます。奥様と一緒にいらっしゃっていて、私のCDを持っておられるということでお話ししましたね。斎藤:図々しくも、サインをくださいと言って(笑)。『古事記』も語りの世界なので、つながる部分がありまして、昔から新内のファンなのですよ。重森さんのCDにも新内が入っているので、聴きたくて買いました。重森:ありがとうございます。あのCDが発売されたのは、映画「丹下左膳」に関わったことがきっかけでした。私は、役者さんの邦楽指導と、エンドタイトルロールで主題歌を弾き語りさせていただいたのですが、それを見たレコード会社のプロデューサーの方が、一緒に作品を作りましょうとおっしゃってくださって。新内は一つの曲が長くて全部は入れることができなかったので、たとえば「水戸黄門」に芸者役で出演したときに全国のお座敷で演奏される曲を勉強したりしていましたので、そういった邦楽の名曲が中心のCDとなりました。 今回、京都芸術センターで開催された勉強会では、斎藤先生が「新内にぴったりの題材」と重森さんに推薦した、『古事記』の「サホビコ・サホビメ」の新内が演奏された。❖『古事記』を題材にした新作を創作❖斎藤:今日は、こんな和室の空間で生の音を聴かせていただけて、本当にありがたいです。初演は今年の4月1日だったのですよね。大京都芸術センターは室町通沿いに建つ、1993年に閉校した明倫小学校の建物が再利用されている。現在の建物は1931年に大改築された校舎。外観はもちろん、廊下や階段の手すり、窓など、見どころが多い。京都芸術センターの玄関ホールには「プログラムマップ」が掲示されていて、館内の催事が一目でわかる。TRAVEL.1旧明倫小学校の建築を探訪改築当初より設えられた講堂や雨天体操場、大広間、和室「明倫」や教室などはイベント開催時のみ開放。

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