佛大通信ちょっと読み2017年09月号
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再発見! 仏教美術の魅力第4回まげのみあとよしろれいぼくけげんぶつぎょうき 日本古代、とりわけ奈良時代の仏像は実に豊かな表現世界をもっています。粘土、漆、銅、石、木など用いられる材質は多岐にわたり、なかでも木彫像が示す魅力的な造形は、多くの人々の心を捉えてきました。この時期の木像は一本の木から彫り出される「一木彫」ですが、一見するとあたかも未完成のようにみえる不思議な表現に遭遇することがしばしばあります。例えば図1では、結い上げた髻や髪には粗く大きな鑿痕が遺されており、滑らかに仕上げられたお顔とは対照的です。背後に回ると、袖の衣文や腰から下の着衣にも豪快な鑿痕が目立ちます(図2)。正面(図3)から拝した時には目立たない部分に遺された鑿痕は何を示しているのでしょうか。このことを考えるには、日本古来の在来の神に対する信仰に注目する必要があります。 仏教伝来以前の日本の神は、姿・形を持たず、巨岩・巨樹・滝などを依り代としていました。奈良時代になると、依り代である霊木に神ではなく、仏が宿り出現するというヴィジョンをある高僧が感得し、その奇跡を表現するようになります。まさに神仏一体の造形、真の意味で日本に仏教が根付いたことを示す尊い姿といえるでしょう。 井上正氏(本学元教授)は、従来正当な位置づけがなされていなかったこれらの仏像を「霊木化現仏」となづけ、それを着想し日本列島の各地に拡めたのは行基(668~749)であろうとされました。ここでとりあげている尊像が伝来する孝恩寺が所在する地域にも行基の伝承が残されています。図1・2でみたような鑿痕は、通常、一木彫が完成したならばすべて消されるものですが、あえて遺す、あるいは意識的につけることによって、その像がまさに霊木から現れかけているところを示していると考えられます。正面よりも側面や背面に化現相(現れかけの様相)がみられるのは、尊像一体のなかで出現の時間差を表現しているためです。表しきらないことによって現れんとするものをかたちにしようとする意図的な「未完」なのです。歴史学部歴史文化学科 安藤 佳香「未完」のかたち̶霊木から出現する仏̶図1.難陀竜王立像 頭部右側面 大阪 孝恩寺図3.難陀竜王立像 正面図2.難陀竜王立像 背面

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