佛教大学通信教育課程

通信教育クロストーク

2017年12月04日
江戸から続く語りの芸を未来へつなぐ

KYOTO TIME TRAVEL
伝統をつなぐ・未来をつくる・京都をめぐる

三味線を弾きながら花街を流して歩く、粋な新内流し。
新内は江戸時代より客の求めに応じて、座敷でも披露されてきた芸能だが、最近では、目にする機会がすっかり少なくなった。
今回は、新内研進派の家元であり、邦楽アーティストとしても活躍する重森三果さんの勉強会に、斎藤英喜先生が参加して話を伺った。

 

重森 三果(しげもり みか)
京都市生まれ。幼少期より江戸浄瑠璃新内節、小唄を習う。2012 年、研進派家元、並びに新内志賀を襲名し、一門の指導・育成にあたる。本名の重森三果名義では、さまざまな文学をもとに自ら書き下ろした楽曲も発表。また映画・テレビの邦楽指導、演奏出演など活動は多岐にわたる。2014 年、文化庁芸術祭音楽部門優秀賞受賞。

斎藤 英喜(さいとう ひでき)
歴史学部歴史文化学科教授。法政大学文学部卒業、日本大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門分野は神話・伝承学。「日本神話」と「地方に残されている民間宗教者の世界」を研究する。近著に『陰陽師たちの日本史』(KADOKAWA、2014 年)、『異貌の古事記 あたらしい神話が生まれるとき』(青土社、2014 年)など。

 新内志賀の名で家元として活動するほか、本名では他ジャンルのアーティストと共演したり、映画では出演者への演奏指導や自らも芸者役で出演したりと、活躍の幅を広げる重森さん。斎藤先生との出会いも、京都・上七軒で開かれた演奏会の席だった。

映画がきっかけで邦楽のCDを発売

斎藤:最初に上七軒でお会いしたのは3 年前ですね。あのときも、今日のようなお座敷で、照明は全部消して蝋燭の灯りだけ。重森さんが『源氏物語』の六条御息所の物語を語られて、もののけが出てきそうなゾクッとするような世界を聴かせていただいて。二度とないような機会だったと思います。

重森:ありがとうございます。奥様と一緒にいらっしゃっていて、私のCDを持っておられるということでお話ししましたね。

斎藤:図々しくも、サインをくださいと言って(笑)。『古事記』も語りの世界なので、つながる部分がありまして、昔から新内のファンなのですよ。重森さんのCDにも新内が入っているので、聴きたくて買いました。

重森:ありがとうございます。あのCDが発売されたのは、映画「丹下左膳」に関わったことがきっかけでした。私は、役者さんの邦楽指導と、エンドタイトルロールで主題歌を弾き語りさせていただいたのですが、それを見たレコード会社のプロデューサーの方が、一緒に作品を作りましょうとおっしゃってくださって。新内は一つの曲が長くて全部は入れることができなかったので、たとえば「水戸黄門」に芸者役で出演したときに全国のお座敷で演奏される曲を勉強したりしていましたので、そういった邦楽の名曲が中心のCDとなりました。

 今回、京都芸術センターで開催された勉強会では、斎藤先生が「新内にぴったりの題材」と重森さんに推薦した、『古事記』の「サホビコ・サホビメ」の新内が演奏された。

『古事記』を題材にした新作を創作

斎藤:今日は、こんな和室の空間で生の音を聴かせていただけて、本当にありがたいです。初演は今年の4月1日だったのですよね。大学の入学式で、伺うことができませんでした。

重森:はい、下鴨神社の近くの旧三井家下鴨別邸での演奏でしたので、神域にふさわしい演目をということで、どうしても『古事記』を題材にしたものをと思い、新作を書きました。今日は私一人での演奏ですが、そのときは笛と打楽器の奏者である共演者もおりまして、彼女たちも作品に合わせて龍笛を吹いていただくなど『古事記』にふさわしい取り組みをしてくれて、3人で演奏させていただきました。

斎藤:最初にお会いしたとき、『古事記』が生まれてから1300年の少し後だったこともあって、重森さんは『古事記』を題材にした作品を作りたいとおっしゃって。

重森:はい、先生にそう申し上げましたら、「サホビコ・サホビメという新内にうってつけの話があるんです」と教えていただいて、その後、読ませていただいたら、本当にぴったりで。愛と憎しみと権力闘争と、しかもドラマティックな情景が目に浮かぶ物語もあり、素晴らしいと思いました。

斎藤:いま私たちは『古事記』を文字で目にしていますが、もともとは稗田阿礼という人が口承で伝えてきた物語です。1300年前に書かれたものを聞くことはできないのですが、今日、重森さんの新内を聴いて、その時代を感じることができたような思いがしました。

重森:ありがとうございます。

斎藤:最後のところは、新内によって音声の世界と語りが一体となって、稗田阿礼もびっくりというところでしょうね(笑)。

重森:稗田阿礼という人は、物語を一度聞くと忘れなかったそうですね。

斎藤:ええ、謎の人物で、男性か女性かもわからないんですね。老人だったという説もあるんです。『古事記』と時代は離れますけれども、語りで伝えていくということでは、江戸の浄瑠璃の世界ともつながっていますから、『古事記』を新たに新内で語るのは、ぴったりかもしれません。研究者としては、なんとか語りで再現できないかなといつも考えているのですが、生でこういうふうに見せていただくとは夢にも思っていませんでしたので感動しました。

 昨夏、日本4都市を巡回した中上健次原作の野外劇「日輪の翼」にも出演した重森さん。今年9月、同作品が東アジア文化都市2017 京都「アジア回廊 現代美術展」の出展作品として、京都で上演されることになった。

中上健次作品と『古事記』の意外な共通点

斎藤:「日輪の翼」も『古事記』と同じく、神話の世界の物語ではないでしょうか。

重森:はい、中上健次は神話の世界を描いているのだと思います。

斎藤:中上は『古事記』もすごく読んでいますし、神話でつながっているという意味で、この対談では「日輪の翼」を紹介したいと思いました。野外劇ですが、場所はどこですか。

重森:大きなトレーラーを設置しての野外劇ですので、場所が限られるのですが、今回は河原町十条に会場を特設しての公演です。その場所を調べてみると、元は大きな染工場だったことがわかったのです。私が演じますのはキクノオバという女性で、実在の人物をモデルに描いておりまして、先般の公演中にその方の肉声のテープが発見されました。中上がその方にインタビューしたテープが出てきたのですが、本当に過酷な人生を歩んだ女性です。中上文学で描かれている「路地」で生まれ、現在の義務教育の年齢で紡績工場に出稼ぎに出たり、その後も満足な教育を受けられないような苦難の人生を歩まれて、中上は敬愛をこめて「オバ」と呼んでいるのです。劇中では、近江の紡績工場に少女時代に働きに出されて苦労したことを回想する場面があるのですが、今年は京都公演なのでキクノオバたちは京都の染め物工場で働いていたことにしようと脚本も改訂されるようです。いま、私たちは当たり前のように高等教育を受けていますが、そういった方々のご苦労のもとに、女性の社会進出などもあるのだなと、いろいろと勉強させていただいています。

斎藤:文学や芸能の担い手たちはどこか差別を受けるところがありますが、そこに新内も参加することが非常に興味深いです。邦楽で出演されるのは重森さんだけですか。

重森:はい、私だけです。実際にキクノオバのモデルになった方のご親戚が三味線屋さんだったこともわかってきまして、キクノオバは花柳界でも働いていたことがあったので、おそらく三味線を手にされたことがあるかもしれません。いろいろと、ご縁があると思っています。

斎藤:神話の世界と語りの世界、そして芸の世界が一体となった物語を京都で公演するということが意義深いですよね。

重森:いま、特にアジアは緊張関係にありまして、芸術や音楽を通してよいコミュニケーションが取れればと思っています。一つの作品作りの中で韓国の方々と一緒に稽古していますから。

斎藤:浄瑠璃や日本の語り芸は、韓国のほうの芸と似通っているんですよね。

重森:そうですね。パンソリという韓国の歌唱芸能があって、新内となんとなく似ています。私が歌っている途中から韓国アーティストが加わってパンソリ風になるというシーンも考えています。

斎藤:成功間違いなしでしょうね。今日はありがとうございました。

(佛大通信2017年9月号より)

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